アメリカン・アールデコ・コレクション

2013.02.15

ポール・フランクル

1929年/ポール・フランクル/リビング・ルーム・セット

ソファの手すりやテーブルの脚の意匠など、随所にジグラット・パターンを用いたリビング・ルーム・セットはデザイナー、ポール・フランクルによるもの。ジグラットパターンとは、1920-30年代に高層ビルをモチーフにして流行した階段状の幾何学模様をいう。20世紀初頭、都市部に出現した摩天楼のビル群は、その華麗かつ斬新な建築様式で国内外に大きな衝撃を与えた。道路から階段状にセットバックした形状をイメージしたジグザグ模様は、アール・デコ特有の直線的な意匠の中でも強い個性をもち、1920-30年代のアメリカを象徴するものとなった。

 デザインの流行が豪奢な”アール・ヌーボー”からモダンな”アール・デコ”へと移行しつつあった1910年代、近代化で力をつけたアメリカは、”新しい産業と自由の国”としてヨーロッパの優れた文化人や芸術家を惹き付けた。海を渡って”新天地”に活動の場を求める者も多く、彼らは産業、芸術の分野で大きな影響力をもった。当時ヨーロッパでは「分離派」、「未来派」、「立体派」など新しい芸術運動が次々と生まれていたが、ポール・フランクルもそれらの洗礼を受けた一人である。ウィーン出身のフランクルは分離派(セゼッション)の芸術家として活動していたが、第一次世界大戦前の好況期にアメリカに渡り、ディスプレイや家具などの分野で活躍した。ウィーン分離派は簡潔な幾何学表現を基本に、絵画や建築、家具などの総合的な芸術活動を目指し、その作品は1920年代にアメリカにおいてもメーシーズをはじめとする大手百貨店などで盛んに紹介されていた。分離派の思想はこの国においてより現実的な展開を見せ、本作でも古典的な幾何学模様を用いてはいるものの、その概念は実用的かつ魅力的な”製品”として応用され、表現されている。

 フランクルは”実用主義者”という言葉を使い抽象的な芸術概念を否定したが、現実に生産された製品はまだまだ高級品であったようだ。モダンな品々が大衆まで行き渡るには、新素材の登場と新たな大量生産システムの普及を待つ必要があったが、フランクルの生み出した幾何学パターンの家具達はそのインパクトある美しさにおいてアメリカの新しい時代を広く印象づける役割を果たしたといえよう。