審査講評 

「選考を終えて」
島崎 信
第5回暮らしの中の木の椅子展選考委員長/武蔵野美術大学名誉教授
「暮らしの中の木の椅子展」は今回で第5回という、ひとつの節目を迎えたことになる。公募展を立ち上げる構想と準備の年月を含めると10年となる歳月は、ある意味では長く重いものを感じざるを得ない。「十年ひとむかし」という言葉もあるが、めまぐるしく変貌する今の時代にとっては、この10年の変化の内容はかつての20年、30年のそれに当たる程の幅と層の重なりをもっているようにも思われる。
 とりわけ、「暮らしの中の木の椅子展」として、毎日の生活の「場」で使う、生活の「道具」としての椅子を、あえて公募の形で世に問うということは、一見平凡にみえてきわめて特徴的な展覧会かもしれない。
  そこでは、生活の「場」とはどのようなものなのか。それは、どうあるべきなのだろうか。そして、この十年がどう変わってきたのだろうか。それとも何も変わっていないのだろうか。世の中は「インテリア」、インテリアというけれども、「暮らし」の実態はあまり変わっていないのではないだろうか。

 

 この公募展が発信する問いかけは“多岐にわたって重いものがある”と語ったのは、経験の深い応募者だった。そして、その初老のクラフトマンは言葉を重ねる。

 あえて「木の」と、椅子に使われる材料を「木」を中心に考えてみるというのは創り手にとっては、きわめて挑戦的な公募展だという。手近な材料だから「木」を選ぶのではなく、椅子の材料としての「木」を選ぶ、ということはどういうことなのだろうか。「木」ではなくてはならない、ということは、「木」以外の材料では出来ないということは、何なんだろう。たしかに、家族で使われる椅子の主な材料に、「木」が使われてきたのは、洋の東西を問わず、しかも古代から今日までの、圧倒的な時間と多種多様な形態と量の実績を見せている。そして今日、金属、プラスチック等々と、木材以外の椅子への素材が多く現れ、また一般の人々が普通に受け入れる感性を持った今日に、あえて「木」を使って椅子を創る、ということは何を目指せば良いのだろうか。

 そのモノローグにも似た言葉を聞きながら、一種のここち良い心の昂りの中に私は身を委ねていた。世にいう表層的な「デザイン」、即ち形や色彩だけの話ではない。「デザイン」がもつべき、含まれなくてはならない、表さなくてはならない内容とは、内実するものとは何なのか。この本質的な意味合いをもつ言葉のさざ波は、造形や技術を越えた思想の世界へと乗り入れていった。

 回を重ねたこの公募展を機に、このような思想の展開を重ねる創造の人が生まれてきているということは、私にとって新たな発見と同時に、大きな喜びだった。そしてこのことは、選考する側の姿勢と眼を問われる。鋭い期待の視線として、強く受け止めてゆかなくてはならない、責任の重さを感じざるを得なかった。

 一般に公募展は回を重ねるに従って、応募参加者の数が減少する例が多いといわれる中で、今回は前回の638点を大きく上回る745点の応募があった。この公募展が世の中に認知されただけでなく、大きな期待がかけられているあかしとして重く受け止めなくてはならないだろう。回を重ねることによって生まれて来た、この公募展の応募作品の水準は、ひとつの安心感を持って見渡すことの出来る高さに到達してきたことを共に喜びたい。

 その中でも最優秀賞に選ばれた鶴崎和紀さんの「bow」は座面の左右に固定しない部材の動きを、座面下の逆弓形の部材が支えることによって、構造上の解決を見出しているのは新鮮だった。座面の部材を固定しないという構造は、他にも例のあることだが、その垂直荷重を左右に分散させる手法は評価されよう。

 今回新しく設けられた「子どものための椅子」部門の応募が200点というのも、世の中の関心の表れともうけとめられる。部門賞に選ばれた林秀行さんの「ベビーチェアLOOP」は、1枚の積層板を環状に無駄なく活用している。強く求められる使用上の安定、安全性とパッケージへの配慮を反映させた本体への構成への考え方も強く指示された。

 優秀賞に選ばれた渡邊義徳さんの「醪(もろみ)」は薄い材を割り広げ、その復元する力を利用しての構造というきわめてユニークな構造を創り出している。割広げによって出来る柔らかい内に緊張した曲線は美しく、細部の納まりと共に、とても若い人の作品とは思えぬ技をみせている。

 今回の日本全国、幅広い年齢層からの入賞・入選をみると、年齢的には二つの塊に分かれている。即ち50歳前後と20歳代となっている。経験者の知恵と、若い挑戦力と理解すれば良いのだろうか。とりわけ最優秀賞に代表されるように、20歳代の秀作が多いことは心強い。更に回を重ねる「暮らしの中の椅子」の創造力として期待したい。

 

島崎 信

武蔵野美術大学名誉教授

1932年東京都文京区生まれ。1956年東京芸術大学美術学部工芸科図案部卒業。1959年デンマーク王立芸術アカデミー建築科修。1960年デンマーク工業技術大学・木材家具科修。1961年(株)東横百貨店(現東急百貨店)商品企画室設立。 1966年(株)東京デザインリサーチ設立、代表取締役。1973年社名変更し、(株)島崎信デザイン研究所(SDI)設立(1985年社名変更し、(有)島崎信事務所)。1977年武蔵野美術大学教授(インテリア・デザイン研究室)。2003年武蔵野美術大学名誉教授就任。
◎受賞= 1978年西部鉄道狭山市駅、DDA賞。1980年西部鉄道新宿駅アメリカン・ブルーバード、SDA賞。1985年Gマーク、中小企業庁長官賞特別賞、キッチン部門。
◎著書 = フォトエッセイ・世界のインテリア(トーソー出版)、椅子の物語(NHK出版)、 一脚の椅子・その背景(建築資料研究社)、 近代椅子学事始(ワールドフォトプレス)、 デンマーク・デザインの国(学芸出版社)、 美しい椅子1、2、3、4、5(えい出版社)、 We Love chair(日・英文)(誠文堂新光社)、 日本の椅子(日・英文)(誠文堂新光社)
◎展覧会= 1998年「名作椅子に座る展」 (武蔵野美術大学美術資料図書館)、 2002年「名作椅子130脚に座る展」( リビングデザインセンターOZONE)、 2003年「アドルフ・ロース展」(武蔵野美術大学)、「折りたたみ椅子80脚展」(武蔵野美術大学)、 2005年「日本で愛されているフィンランドデザイン展」( 小海町高原美術館)、 2006年「Japanese Cool 1」( デンマーク・コペンハーゲン・デザインセンター(DDC)、 デンマーク コリィング市トラファルト美術館。
◎要職等= 日本インテリア学会理事、北欧建築デザイン協会副会長、日本フィンランド・デザイン協会理事長、鼓童文化財団理事長、(NPO)東京・生活デザインミュージアム代表理事。

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