寄稿 

岡本滋夫の求心力

Artist, Art Director and Artisan 高北幸矢/名古屋造形芸術大学学長



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 岡本滋夫の求心力は、そのデザインの魅力から来ていることは述べるまでもない。しかし、単に結果としてのデザインだけに関心を寄せることよりも、デザインに向かう姿勢に求心力を生み出す力が秘められていると思う。改めて分析してみることは岡本滋夫のデザインをより広く知らしめ、受け継いでいくために重要なことと考える。

 デザイン、特にグラフィックや広告の作品は、感覚的なものと、知的なものに別れる。岡本滋夫の作品が、感覚的であるか知的であるかと問えば、相互が欠くことの出来ない強いパートナーのようなものとしてあることに気づく。

 制作課程の話を何度かお伺いすることがあった。また現場を拝見することもあった。そこで感じたものは、知性と感性は同時進行で生れてくるのではなく、先ず感性 、感覚的なヒラメキといえばいいだろうか、「これだ」、「これでいこう」といった、理屈を越えた衝動があるようだ。そのときの岡本滋夫はアーティストと呼ぶべきもので、一体そのヒラメキはどこから来るのか、同席をしている誰もの想像を超えたものとしてある。一枚の葉、一個の貝殻、破られた紙、偶然がつくりだす光、陰、影、こぼれたミルク、陶磁器の破片。見つめる眼はアーティストの眼である。

 そして、モチーフを前に感性は、知性へと少しずつバトンが渡されていく。アーティストからアートディレクターに変容していく岡本滋夫がいる。モチーフの魅力はモチーフそのもののみの魅力ではなく、岡本滋夫の感性を通した上での魅力である。それらをデザイン表現として、観るものに感動を与えるべく定着が求められる。

 構成は、書体は、字間は、行間は、文字の色は、写真のトリミングは、紙は、印刷は、コンマ何ミリのディテールに岡本滋夫の眼が光る。原稿との対峙、原寸での確認、印刷への執念。

 アートディレクターの眼は、いつのまにかアルティザン(職人)の眼に変わっている。高い技術力、集中力はアルティザンとしてのものだ。アーティスト岡本滋夫とアートディレクター岡本滋夫を支えているのは、アルティザン岡本滋夫である。この三者が、相互に共鳴し合って強い求心力を生み出している。

 

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