アジアのカタチ展

「インドはブランド」世界市場進出を図る処方箋

Sujata Keshavan Guha
スジャタ・ケシャバン・グハ
R+Kデザイン創立者・専務取締役

www.rayandkeshavan.com

 インドの現状を知ることなくして、スジャタ・ケシャバン・グハ氏が関わる仕事の内容を理解することは難しい。
 広大なインドは多くの地域に分かれ、主要言語だけでも15で、115以上の方言が入り交じる複雑で特異な国である。裕福な人々が居る一方で、仕事を持たず貧窮にあえぐ人々は、総人口の30%に上る。しかし、世界に稀に見る面白い国でもある。16世紀のライフスタイルを踏襲している人々がいるかと思えば、17世紀、18世紀、19世紀当時の生活そのままに暮らす人々がいる。1日のうちに同時に、こうした時代を反映する暮らしぶりを目の当たりにするのである。インドでは、ライフスタイルに限らず、何から何までその対極もまた真である。つまり、アイデンティティの一般化に与しないのがインドであるという。

 まったく異なった言語やライフスタイルが同時に混在する国であるが、1990年に50年間続いた経済保護政策を転換し世界経済に門戸を開いて以来、急速に人々のライフスタイルは変貌しつつある。成人人口の文盲率が約50%という一方で、科学やテクノロジーを専門とする人々の数は、今や世界一を誇る。台頭するIT産業やバイオテクノロジーに関わる人々が緑の都バンガロールに多く集まり、東洋のシリコンバレーとの異名をとる。こうした状況が、女性パイオニアとしてブランド・アイデンティティとグラフィック畑をリードするケシャヴァン氏の仕事の背景にある。

 インドの国立デザイン大学を卒業後、ケシャヴァン氏は、エール大学でグラフィックデザイン修士号を取得。ポール・ランド氏の下で仕事をした後、故国に戻り、グラフィックデザインとブランド・アイデンティティのコンサルタント会社の設立を目指す。1989年に創立されたR+Kデザイン社は、現在25名のスタッフを擁し、内15名がデザイナーである。国内に多くの会社や機関をクライアントに持ち、また、ここ2年は国外の会社の仕事も頻繁に受けている。

 1990年の経済の自由化により、コカコーラのような多国籍企業がインドのマーケットに参入し、インドの会社もまた国外での経済活動が許されるようになると、「グローバル化という新たなパラダイム」が展開しはじめる。こうした国際化を背景に、R+Kは、カルナタカ州政府のバイオテクノロジー産業振興事業(州内に毎月何百と起業されるバイオテクノロジーの起業振興支援)に関する印刷物や、IT関連会社/サービス、携帯電話サービス、ソフトウェア会社等々といった、いわゆるハイテク産業分野の企業のブランド・アイデンティティやグラフィック等のデザインを請け負うようになっている。この分野は、既成の文化的位置づけを持たないグローバルなカテゴリーと呼ぶべきものに属するもので、この領域で用いる言語は英語で、世界に向けてインドから多くの仕事が発信されていることを広く知らせていくことは価値あることと言えよう。

 また、新たなビジネス環境は、インドのさまざまな業種の企業に、国内マーケットで多国籍企業との競争に勝つために商品デザインを新たにする必要性や、従来のブランド・アイデンティティから国際的に通用するユニークでシンプルな新しい顔を持つビジュアル・アイデンティティへの転換を迫っている。経済が保護されていたときには、商品デザインやブランド構築に投資する必要がなく、たとえ70年間同じデザインのパッケージを採用していても販売に影響することはなかった。しかし、今や、国内外で販売を促進し会社の成長につなげる競争に打ち勝つためには、老若男女、文盲の人々にも配慮した分かり易い良いデザインが不可欠となってきている。さらに近年は、e-mailや電話を通じて複数の国を巻き込んだ仕事も増えているという。例えば、クライアントがデンマークやドイツで、インドのR+Kがデザインを行い、マーケットは中国や南アフリカ、という具合である。

 今回の訪問で、ケシャヴァン氏は日本らしい感性を日本の風景、街中の日本語の看板等から感じたと言う。グローバルな言語やクライアントが跳梁する時代の流れの中、ステレオタイプなものや店や言葉が世界を凌駕しつつある(インドも例外ではない)。それは、文化的アイデンティティ(インドらしさ)を喪失した面白味のない世界が展開していくことに他ならない。そこで、R+Kは、主に国内をターゲットにするものには、インドの文化的アイデンティティを留めるデザインを心掛けている。インド文化から生まれた素材、たとえば、 聖なる河ガンジスや宇宙を象徴するマンダラや幸運の神様ガネーシャ(象神)等、あるいは、サンスクリット語とロゴとの組み合わせ、南インド地方の言語にカナダの書体等を使って新しい解釈を加える、インド発祥の零の概念を南アフリカのIndaba誌のポスターに投影、インド女性の権利を啓蒙する本のカバーに伝統的なフォークアートスタイルを用いさまざまな分野に進出し働く新しい女性の姿を描いたり、と、グラフィックに「インドらしさ」を出している。

最後に、R+Kが2年前に関わった非常に興味深い事例が紹介された。インドには、取り立てて大きなビジネス・バックグラウンドを持たず、社会と積極的に関わろうとする志の篤い起業家も生まれている。紹介されたMindtree Consulting社のブランディング・プロジェクトは、脳性まひの子供たちが描く絵を、会社のグラフィックやロゴ(レターヘッド等ステーショナリー、CI、サイン計画、オフィスのインテリア)に発展させていく試みであった。 このプロジェクトで子供たちはともに働き収入を得ることで自分たちの力を実感し、Mindtree Consulting社は子どもが描いたものをブランドに用い、地域の子供たちを支援した活動とプロジェクトのユニーク性で、大きな反響を得たという。

▼講演要旨
「「インドはブランド」世界市場進出を図る処方箋」 -スジャタ・ケシャバン・グハ
「ライフエディトリアルの視点」- 横川正紀
「伝統技術から新製品を発想するフィリピンのモノ作り」-ケネス・コボンプエ
クロストーク
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