恒例の「国際若手デザイナーワークショップ」は「50:50恋愛・結婚、仕事・子育て、家族・社会」を [テーマ] に、2006年2月4日から1週間開催した。国内外のデザイン分野や大学間を横断して開催されることで他に類を見ない国際ワークショップとして注目を集めるこのワークショップ、今回の参加者は、日本、中国・香港、韓国、台湾、タイ、カナダ、フランス、ポルトガルの、8カ国の若手デザイナー、クリエイター、研究者、学生ら48人。映像、グラフィック、インテリア、建築、プロダクト、アート等さまざまな分野の、国籍、文化、性別も多様な、興味深いミックスとなった。

参加者は、5班に分かれ、クリエイティブディレクターに迎えた映像メディア制作スタジオのブルースポンジ社(カナダ)からドキュメンタリーの制作手法を学びながら、名古屋を舞台に、コミュニティの活性化を目指すさまざまな活動や、女性の働きの多様化、安全な街づくり、結婚への不安と理想像、日常生活における男女の差異などの観点から、都市と女性のライフスタイルの関係について取材を行った。[フィールドワーク] での収穫を考察しあい、最終的には、ジェンダーの切り口から新しいデザインによる提案を導きだした。生き方の選択肢がさらに広がる時流の中で、都会に住む女性達が活き活きと暮らし、参加していける環境や街づくりに貢献できる新たなデザインの提案とは、果たしてどのようなものであろうか。

このワークショプ・プロジェクトに対しては、多くの方々から次世代に向けた期待や情熱が注がれてきた。そして、その返答として、これから羽ばたこうとするデザイナーたちは、私たちの日常生活に変化をもたらすためにデザインというスキルを用いる力と強い思いを持っていることを示したのである。

成果は、20006年2月10日、[POWER TALK] で公開された。ワークショップの [フィールドワーク・主な取材先] の レポートと最終提案の内容をご覧いただきたい。
キュー・リーメイ・ジュリア国際デザインセンター・海外ネットワークディレクター
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portrait - nicolas国際若手デザイナーワークショップ2006は、若いデザイナーに最も創造的な活動の場を提供し、また、グローバル社会との交流を深めるまたとない機会となった。

名古屋市に住む日本人女性に見られる多様な生活スタイルに焦点を当てた今年のテーマ(コミュニティづくり、仕事・キャリア、セキュリティ、恋愛・結婚、ジェンダー)は、一つの大きなチャレンジであった。女性とその新たな役割というテーマは、広く世界に共通するものである。多くのタブーや、本当の問題を隠したり、見過ごしたまま表面をなぞるだけの姿勢にぶつかることも多々あるが、多くの有識者は、女性が積極的な役割を担い、男性と同等な個人として尊重される地位に達することが、全ての社会の存続に必要だと指摘している。

参加者は、日本語や英語に加えてスケッチやジェスチャーでお互いの考えを伝え合い、行きつ戻りつフル稼働の一週間を過ごした。彼らはまた、このグローバルな企画によって、他の国々の有り様を学び、様々なライフスタイルに心を開き歩み寄り、お互いの背景や文化のギャップを埋めていくこととなった。

例えば、アメリカでは新たな法律の下に、性犯罪者は、誰もが閲覧できる登録簿に記載が義務づけられ、場合によっては周囲の住人すべてに犯歴を通知しなければならない。日本でそのような法律が想像できるだろうか? また、カナダのケベック州で導入された一日5ドルの幼稚園はどうだろうか? 若い親たちの負担を軽くするため、また、彼らのライフスタイルやニーズが彼らの両親の時代とは違うことを認識した上での取り組みである。これらの国やその人々の、社会的な違いとは何だろうか? 参加者は、それぞれ異なった立場から少しずつ答えを持ち寄ることができることを学んだのである。

今回のワークショップでは、社会的視野からテーマを議論しデザインを提案するため、クリエイティブディレクターたちによるレクチャーが行われた。まず最初にジアド・トウマ(カナダ/プロデューサー・ディレクター)が、通常フィルムメーカーが用いるドキュメンタリー手法、また今回のワークショップに応用できるヒントやテクニックについて紹介。次に、モウナ・アンドラオス(カナダ/クリエイティブディレクター・インタラクティブデザイナー)は、インタラクティブなコミュニケーションやユーザー・シナリオ、そしてプロセスをどのようにデザインに応用していくかを講義。最後に、アイデアを効果的に観客へ伝えるためのパブリック・スピーキングについて、アドバイスが与えられた。

一週間をかけて、参加者は異なったタイプの女性をインタービューしに、仕事や憩いの場、家庭や公共の場を訪ねた。彼女たちの内面に迫り、その生活にひそむ目に見えない社会的問題を理解しようとした。そして一般的で観念的なテーマや問題点を伝えるために、取材で体験したことをビジュアルや音、ビデオ、テキストといった具体的なメディアを用いて表現し、「コンテンツ・モジュール」に整理。その後、チーム別にプレゼンテーションを実施することで、互いの体験を共有し、フィードバックを与え合った。ここから更にリサーチを深め、女性の生活を変えるための課題や意図を一つに絞っていった。そして、真の社会変化を達成し、現実にユーザーの生活に影響を与えるデザイン提案を作る作業に夜昼かけて励んだのだった。

以上の文脈において、今回提案されたデザインは「意味」と「アウトプット」の複合である。プロダクトもインダストリアルもグラフィックも互いに同化し、エクスペリエンスデザインや政策デザイン、インタラクションデザインのミックスが生まれていったのである。 根深い難題を前にして、コミュニケーションと意図がグローバルな見地から図られ研鑽されるとき、真の社会変化をもたらすデザインが生まれる。
portrait - mounaアジアを中心に世界各地から学生達が集う今回のワークショップは、それぞれが持ち寄ったジェンダーに特化したデザイン例を紹介することから始まった。それらは主に、男女間の差異や区別に目を向けたジェンダーデザインであった。しかし、7日間の作業を終える頃に私たちが目にしたのは、男女間の協力や、ジェンダー間のギャップを埋める試み、そのギャップが生まれる原因を把握し掘り下げ何故と問いただす提案だった。名古屋に住む女性の状況を調査し、分析しながら、彼らは「まず人ありき」の前提からスタートし、具体的に現実へ還元できる普遍的なデザイン解決を試みた。それらはジェンダーをターゲットにしたプロダクト開発やマーケティング展開よりも、男女に共通する目的や関心事や責任に対するニーズを表現していたのである。

「新しいタクシーサービス」では、意図的とは言わぬまでも男性の都合に合わせた現行のタクシーサービスを検証し、老若男女を視野に入れあらゆる世代の人々に喜ばれ機能する再デザインを試みている。

「ユニ・ライフ」は、従来性別によって固定化されてきた役割の溝を埋めるジェンダーフリーのデザインを展開。家庭をより職場に、職場をより家庭に近づけるハイブリッドな機能性の高い品を具体的に作ることで、デザインが人々の日常生活を変え、社会のきまりや頑迷なメンタリティに緩やかに影響を与えていくことができるというビジョンを見せた。

「コミュニティバス」は、伝統的に女性の持ち場とされてきたご近所付き合いや出産や子育てに、男性の参加を促す目的で運行される。壁がなくなれば、夫婦、家族、隣人を問わず、人生のどの段階においても互いに助けあうことのできる社会を実現する方法が見えてくる。

「ネットワークシステム」は、男女が互いを怖がるより、むしろ隣り合いながら信用し合って生活(通勤・通学)できるコミュニティ(人間同士のつながり)を目指す。女性のセキュリティ問題にフォーカスを絞り、女性車両のように問題を隔離するだけでは問題の解決とならず、その根本を問い直すことこそが長期的視野に立った解決策となる、との見解が示された。

最後に、「ジュテー厶(I love you)」は、男女間のタブーを壊し、若い女性が理想とする恋愛や結婚観と抱え込む不安感とのギャップを埋めることを意図。個々のカップルが明日の社会を作る強固な基盤細胞となれるよう、互いの考えや感情を解き放し交流し合うスペースを提案している。

参加者は、今回の課題を理解するために、実際に街へ出かけ、人々や実情、データを観察し、リサーチし、考察を重ねた。ここではデザインは解決策を提示するツールであり、各チームは、現状をより良くするためのビジョンを提案するという同じ目標の下に、それぞれ異なったアプローチを選んだ。政策やプロダクト、空間や体験といった彼らの様々な提案から、いかにデザインが人々を変えていくことに深く関わるかが分かる。我々デザイナーは、使い手の習慣や行動に変化をもたらし、必然的に社会構造に影響を及ぼすことになる「用い方のシナリオ」を創るのである。質の良い、暮らしやすい生活を誰かのために考えるたびに、形や美しさを超えて人間学の領域に足を踏み入れていくのである。

これらの具体的なデザイン提案を通して、参加者たちは、一人の女性が安全に自立することのできる世界、ジェンダーやタブーを超え個人の選択や願いがありのままに尊重される世界をいくつかの形で描いて見せた。日本の若い世代は多くの課題に直面しているが、今回の成果は、より良いグローバルシステムを築くためには前向きで的確な解決策を一つ一つ着実に生み出していかねばならぬことを語っている。

テーブルを囲み、互いの意見に耳を傾け、言葉やジェンダーの壁を乗り越えて、自分たちが住みたい世界を創り出す。それは、これからの若い人々の手に委ねられている。ワークショップで行ったこと、即ち、世界に耳を傾け、観察し、ボードに自分たちが好まないもの全てを描き出し、彼らが願う世界のビジョンを現実的なかたちにする、といったことを参加者は今後も続けていって欲しい。

もし、ビジョンを表現する今回のような機会が与えられ、ブレのない現実性のある提案で自分が経験するものに対して影響を及ぼすことができるのだという実感を得るならば、彼らは問題に立ち向かい、真の解決はどうあるべきかを社会に示していくであろう。今週の参加者たちの見せた情熱とエネルギー、献身と活気から、その機会さえあれば、チャレンジで応える彼らの旺盛な気概がずしりと伝わる。