私たちが毎日仕事で、家庭で腰掛けている椅子。椅子は人々の身体を優しく包む道具として機能し、家具の中ではもっとも人間的な要素を持ちえたものといわれています。

 ライフスタイルの多様化により、生活文化にも洋式のスタイルを取り入れることになりました。椅子もまたそのひとつです。人工素材の開発と普及が盛んになると、暮らしの中の椅子も安く作るための製品が量産され、消耗品的な椅子が次から次へと商品化されてきました。そんな中でも椅子の魅力に取りつかれた作家たちは、日本の生活様式、風土に合わせ椅子を作ってきました。木の持つ質感とあたたかみに計り知れない魅力と生命力を感じ「木の椅子」を永遠のテーマとして取り組んでいる人たちです。椅子が椅子であるためのこだわりなど、そこには西洋を模索しながらも、日本の暮らしの中にしっかりと根づき新たなデザインを追い求める姿勢がうかがわれます。

 第4回を迎えた「暮らしの中の木の椅子展」。今回も、全国で活躍するデザイナー、家具作家をはじめ多くの学生からの応募がありました。過去最高の638点の中から、木の椅子が持つ温かみ、美しさ、座り心地、デザイン性などを2回にわたって選考して、最優秀賞1点、優秀賞8点、部門賞1点、入選87点が決まりました。最優秀賞に輝いた中尾紀行氏の「TACO STOOL」はスツールにありがちな単調なデザインを、曲線をうまく使うことによってバランスのとれた綺麗なシルエットを描き出すことに成功しています。今回からはじまった部門賞では「お年寄りのための椅子」として高齢者に配慮したデザインのアームチェアが選ばれました。

 全作品、自由に触れて座ることができます。マイチェアを探してみてください。




選考を終えて


木村一男(選考委員長/名古屋学芸大学メディア造形学部教授)

 この「暮らしの中の木の椅子展」も、はや4回目を迎えることになった。第1回から審査にかかわってきて、回を重ねるごとに応募作品の水準が着実に向上していることが感じられる。この展のかかげる「暮らし」という視点が、参加される作者の方がたに理解されてきていることも喜ばしい。

 私たち日本人の生活の中に、椅子が入りはじめたのは、戦後になってのことでまだたかが50年あまりのことにすぎない。戦前の一般の家庭の中では、せいぜい勉強用の椅子か、それに応接間の応接セットがあるにすぎなかった。それが戦後の寝食分離、座式から椅子式へ、お茶の間からダイニングルームへという大きな暮らしのスタイルの変化の中で、椅子はもう私たちの生活に欠かすことのできない存在となってしまっている。

 この展に出品された作品を通じても、椅子が日本人の生活にとけこんだものになってきていることがはっきりと確かめられる。かつてはままあった見る椅子は姿を消し、使う椅子となってきている。それは造り手の側が、椅子が生活の実体験の中から生みだされていることを示しているといえる。頭で考えるばかりでなく、肌や身体を通して創りだされていることを物語っている。日本人の手によって日本の暮らしの中で活躍する椅子が生まれてきていることを喜びたい。そして、この「暮らしの中の木の椅子展」が、そうした動きに大きな役割をはたしているといえよう。こうした作品が一堂に会し発表する場となって、作者相互の刺激や交流の機会となり、生活者にとっても約100点の椅子に直接触れ、いい椅子とはなにかを考えるいいチャンスになっている。会場で実際に座ってみることができるのがこの展の特長だが、椅子に座って考え込んだり、語りあっている人々を見るにつけ、それを実感する。

 最優秀賞に選ばれたのは、中尾紀行さんの「TACO STOOL」で小ぶりのスツールが最優秀となったのは、今回がはじめてである。2板の成型合板を重ねて構成された作品は、脚部のつけ根に三角形の空間をもち、それが構造的にも視覚的にも大きな特長となっている。このスペースが、この作品を軽やかな印象を与ている。脚は2板の合板の間に板を挟んで、強度を増すとともに、その上部の三角部にほこりがたまらないようにという工夫がされているが、その合わせ目にも細かな面取がされていて脚を太く見せないようにするといった、作者の細部までに行きとどいた処理は見事である。ただ細かなことだが、その挟みこまれた板の端部が、そっけない直角でカットするのではなく、凹んだ丸み(アール)がつけられていたら、一層完成度は高まっただろうと思われる。

  今回から「お年寄りのための椅子」という特別なテーマ部門が設けられたのも新しい試みである。お年寄りの椅子ということで、ゆったりと座れるといったやや観念的にとらえられた作品も見られた中で、部門賞に選ばれたのは、戸高晋輔さんの「アームチェア」である。この作品は、しっかりとした安定感があり、ほどよい固さの座面は少し高めで、アーム先端には丸い握りがあって立ちあがり易いようにと考えられている。テープで張られた背面と座面は適当なカーブがあって身体にフィットする。一見、普通の椅子にも見えるのだが、少しゆったりめのサイズなど、細かな配慮が見られ、評価された。お年寄りの椅子というのは、まだ日常の中でも馴染が少ないだけに、これからもっと実際の経験の中から問題が見つけられ、その解決が考えられなくてはならないだろう。

 この展には、回を重ねて参加される方、また入選を度重ねた方も多い。その度ごとに完成度が一段と高まっていくのを見るのは喜ばしいことだが、できればそこに新しいチャレンジが試みられていることを望みたい。多くがベテランの方だけに、一層の挑戦を期待したいところである。優秀賞の中野公力さんの「Stacking Stool」のように二つのスツールを組み合わせて一つのアームチェアになるのも、入選の朝山隆さんの「30's-KDチェア」のように容易に分解できることを試みたもの、入選の清水忠男さんの「親子が一緒に本を読むための椅子」のようにその情景が目に浮かぶような作品もあった。このように構造的な実験や使われ方の新しい提案、木を中心として他の素材との組み合わせなど、実験の場としても、この展が生かされることを願いたい。

 この展には、北海道から九州まで、20代から70代まで幅広い参加がある。1次審査には638点の応募があった。改めてこのような多くのみなさんのご参加にお礼を申し上げたい。こうしたたくさんの方がたの日々の熱心な追求と努力の積み重ねが、これからの「暮らしの中の木の椅子」の前進に大きな力となっていくことと確信している。


第4回暮らしの中の木の椅子展
会期=2004年4月22日(木)~5月9日(日)/11:00~20:00(入館は19:30まで)
    ◎会期中無休◎入場無料(※アンケートにご協力ください)※終了しました。
会場=国際デザインセンター・デザインミュージアム+デザインギャラリー
   〒460-0008名古屋市中区栄3-18-1ナディアパーク・デザインセンタービル4階TEL:052-265-2106
主催=朝日新聞社、(株)国際デザインセンター
後援=(社)日本インテリアデザイナー協会
■選考委員
木村一男(名古屋学芸大学メディア造形学部教授)
長大作(建築家)
宮本茂紀(家具モデラー)
島崎信(武蔵野美術大学名誉教授)
織田憲嗣(北海道東海大学芸術工学部教授)

 
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